
テレビ、雑誌、小説などで人物の頭の良さを説明するとき、しばしばIQが使われるのを見かけることがある。また自分の能力の高さを示すために、IQの高さを自慢げに話す人を実際に見たことも幾度かある。場合によってはIQが人間の価値を決めるとまで思っている人もいるかもしれない。
しかし本書を読んでIQの意味するところを知れば、そのような風潮は薄れるのではないだろうか。筆者自身も知能指数を自慢する人は馬鹿だと言っているが、確かにIQ検査の背景を知れば納得させられてしまう。
まずIQに関して理解のされていないもっとも重大なことは、その数値の基準がテスト方法によってかなり変化することである。テスト内容はもちろん数値の算出方法すらテスト方法でかなり変化する。誰が言い出したのかは知らないがIQ210というのが触れ込みの経済評論家もいるそうだが、それは最近のテスト方法の数値基準で言うと百-千兆人に一人というレベルであり、はっきりいってありえない数字である。おそらく相当昔のテスト基準で言っているのであろう。
ある心理学者の言葉によると、IQの定義とはIQテストで測った数値のことだそうだ。もっともな話である。測定器にもトレーサビリティ(追跡性)が問題になることがしばしばあるが、これはどういうことかというと測定器が原器まで正確にたどりつけるようになっていれば、測定器の信頼性が保証されるということである。つまり長さや重さの「測定値」の定義は原器と比較した場合の長さや重さである。今世界中で使われている原器は物理的な裏づけもあり、世界中の人がそれなりに信頼されていると思われるが、IQには原器なるものが存在しない。つまり、IQの定義に対してIQテストで測った数値である以上の価値を与えるまでの裏づけは存在していない。
それでもIQが全く無価値であるということではなく、知能障害を見分けるなど目的に応じた成果は今まで挙げられてきたようだ。ただし、人間の絶対的な知能の基準として、ましてや人間の価値を示す基準として、IQを持ち出すのは適当ではないことは多くの人は知っておくべきだ。私の体重は百キログラムだが、百五十ポンドのあなたよりは痩せている、といった論理がIQに対しては現状で平気に行われている。