メインコンテンツ:書評(経済、科学関連) 管理者:山内篠
【書評】デスマーチ―ソフトウエア開発プロジェクトはなぜ混乱するのか 第2版

 近年においてデスマーチと呼ばれる用語は主に、関わる人間に過酷な労働を強いながらも失敗する可能性が極めて高いソフトウェアの開発プロジェクトに対して用いられる。しかし、本書はソフトウェア業界に従事する人間以外にも教訓になるべき要素が多々含まれていると思われる。

 私がそう思う理由は二つあって、一つは本書で述べられているデスマーチの発生する要因がソフトウェアのプロジェクトに限ったものでなくどのような業種でもありうるということと、もう一つは近年ビジネスにおいて、研究開発において、製造現場において、さまざまな場所でシミュレーターなどのなんらかのソフトウェアツールを導入する必然性がますます高まっていることである。

 デスマーチの定義は「プロジェクトのパラメータが正常値を50%以上超過したもの」とある。またデスマーチの発生要因としては社内政治、経営陣や営業の見通しの甘さ、国際化や新技術による競争の激化などとあるが、これははっきりいってソフトウェア業界に限ったことではない。ビジネスの世界では共通して起こっている事柄であるはずである。そして私自身ソフトウェア業界に身をおいているわけではないが、完全に失敗が目に見えている無謀なプロジェクトというのを目の当たりにしたことがある。デスマーチとは呼ばなくても失敗が見えているプロジェクトに関わる人間の心境というのはとにかくつらいものであろう。例えばキャノンや東芝が開発している薄型TVの方式のSEDに従事している人たちの心境などは推して知るべしといったところだ(失敗とまだ決まったわけではないが)。

 本書にはデスマーチに巻き込まれたらどのようにすべきか、デスマーチが引き起こしうる被害をいかに最小限にとどめるべきか、またいかにチームを管理すべきかなども言及されている。ここに列挙すると長くなってしまうので詳しく内容は書かないが、あえて一つだけとりあげるとするならば、デスマーチが成功プロジェクトに変わる可能性は非常に少ないが、一番現実的で理想的な成功のシナリオはスーパーマンのような人が一人か二人現れて状況を激変させることであろう、というようなことが本書で示唆されていることである。まあ結局は金でもなく設備でもなく、人材なのだということなのだろうが、それは全くもってそのとおりなのであろう。

 ビジネスの国際化が進み、プロジェクトにスピードと規模が求められるなかで、デスマーチという用語があらゆる業界の中で使われるようになる日もそう遠くないかもしれない。


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【書評】自分の体で実験したい―命がけの科学者列伝

 実用化は一人では無理だが、実験というのは一人で行ったほうが良い結果が出る場合がしばしばある。なので自分の体を使って実験をする行為は場合によっては効率の良い実験方法となる。また何かを証明するためには見事な実験が不可欠になるが、その見事な方法が自分の体を使わなければならないこともしばしばあったはずである。この本はそのような実例をいくつか紹介している。

 もう少し濃い内容を期待していたのではあるが、意外と物足りない内容だった。載せられている事例以上にももっとたくさん面白い事例もあったのではないかという気もする。詳細な記録がそれほど残っていないせいなのかもしれないが、例えば食用のキノコを調べるだけでも歴史上どのくらいの人間が犠牲になってきたのか想像もつかないし、化学薬品の性質を調べるだけでも爆発や吸引による事故は絶え間なかったはずである。本書自体は二時間程度で読み終わってしまうような内容だが、徹底的に取り上げればこの五倍くらい生々しい話がとりあげられるような気もする。

 ともかく、いくつかのエピソードの中で私が一番感銘を受けたのをあげるとすれば、黄熱病の実験ではないかと思う。1900年当時原因がほとんど不明であった黄熱病に対して、いくつかの候補の中から感染経路を突き止めるための実験が行われたという話である。再現性のない実験というのは本当につらいもので、当時の人々の苦労も私の想像を超えたものではないかと思われるが、それでも自分の体を犠牲にしてまで感染源をつきとめたことは賞賛すべきだと思う。最終的には二つの小屋を設けて蚊に刺されたグループとそうでないグループにわけて隔離実験を行うわけだが、これが懐疑主義者の多い科学者達に感染経路は蚊であると納得させる実験となった。これだけ書くといかにも簡単そうに見えてしまうが、実際には何度も失敗を繰り返した末の相当綿密に練られた実験であったと思われる。
 他にも面白いエピソードは載っているし、すぐに読み終わるのでちょっと暇なときに読んでみるのがいい本だと思う。

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