
科学史としてここまで面白い本はなかなか存在しない。ハードカバー版でだいたい500ページだが夢中になってあっという間に読めてしまった。この面白さはどこから来るのかと考えてみたが、これは絶対解決不可能と思われる問題がいかにして解かれるかを示すという構図が、ミステリー小説のそれと似ているところから来ているのではないかと思う。しかもこれは空想の出来事ではなく、長い歴史の中で実際に起きてきたことなのだ。そしてその謎の難解さはミステリー小説のそれとはもはや比べ物にならない。数学好きでミステリー好きの人にはぜひお勧めしたい本である。
さて、その面白さと同時に情報のやりとりの難しさや恐ろしさもよくわかる本である。破られない暗号を作るなんて簡単じゃないかと私もこの本を読むまでは思っていたのだが、暗号の安全性と利便性はトレードオフの関係がある。大量の情報をいかに安全に交信するかに、暗号技術の肝があるのだ。
暗号の恐ろしさは暗号が破られていても、破られた側がそうとは気づかないところにある。それが強固な暗号であればなおさらだ。白いカラスのパラドックスにもあるように、存在しないかどうかを証明するのはほぼ不可能という数学的原則がある。つまり、私たちが行っている通信に対して傍受されていないという確信を得ることはどうやってもほぼ不可能なのだ(量子暗号が実用化されるまでは)。妄想するときりがないのだが、90年代に日本が経済でコテンパンにアメリカにやられたのも、もしかしたら日本の通信が傍受されていたかもしれないし、傍受した情報をヘッジファンドが利用して世界各国でマネーゲームを展開しているのかもしれない。まあ、一市民はそんなこと心配しなくても世の中何事もなく廻るわけなのだが。