メインコンテンツ:書評(経済、科学関連) 管理者:山内篠
【書評】IQってホントは何なんだ? 知能をめぐる神話と真実

 テレビ、雑誌、小説などで人物の頭の良さを説明するとき、しばしばIQが使われるのを見かけることがある。また自分の能力の高さを示すために、IQの高さを自慢げに話す人を実際に見たことも幾度かある。場合によってはIQが人間の価値を決めるとまで思っている人もいるかもしれない。
しかし本書を読んでIQの意味するところを知れば、そのような風潮は薄れるのではないだろうか。筆者自身も知能指数を自慢する人は馬鹿だと言っているが、確かにIQ検査の背景を知れば納得させられてしまう。

まずIQに関して理解のされていないもっとも重大なことは、その数値の基準がテスト方法によってかなり変化することである。テスト内容はもちろん数値の算出方法すらテスト方法でかなり変化する。誰が言い出したのかは知らないがIQ210というのが触れ込みの経済評論家もいるそうだが、それは最近のテスト方法の数値基準で言うと百-千兆人に一人というレベルであり、はっきりいってありえない数字である。おそらく相当昔のテスト基準で言っているのであろう。

 ある心理学者の言葉によると、IQの定義とはIQテストで測った数値のことだそうだ。もっともな話である。測定器にもトレーサビリティ(追跡性)が問題になることがしばしばあるが、これはどういうことかというと測定器が原器まで正確にたどりつけるようになっていれば、測定器の信頼性が保証されるということである。つまり長さや重さの「測定値」の定義は原器と比較した場合の長さや重さである。今世界中で使われている原器は物理的な裏づけもあり、世界中の人がそれなりに信頼されていると思われるが、IQには原器なるものが存在しない。つまり、IQの定義に対してIQテストで測った数値である以上の価値を与えるまでの裏づけは存在していない。

それでもIQが全く無価値であるということではなく、知能障害を見分けるなど目的に応じた成果は今まで挙げられてきたようだ。ただし、人間の絶対的な知能の基準として、ましてや人間の価値を示す基準として、IQを持ち出すのは適当ではないことは多くの人は知っておくべきだ。私の体重は百キログラムだが、百五十ポンドのあなたよりは痩せている、といった論理がIQに対しては現状で平気に行われている。

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【書評】ザ・ゴール ― 企業の究極の目的とは何か

 この本はTOC(制約条件の理論)と呼ばれる生産管理手法の教則本なのだが、理論の提唱者による小説という極めて珍しい形態をとっている。私も以前にTOCの本を読んだが、それほど理解できたとは言いがたかった。しかし本書を読んで、驚くほど理論の意味と実践例がスラスラと飲み込めていった。たしかに現実にここまで見事に適用できるか不明ではあるし、多少は恣意的な部分があるかもしれないが、それでも他の難解な教則本を読むよりは最初にこれを読んだほうが理解は速いと思われる。

 TOCの要旨は非常に単純であり、工場の全体の生産性はボトルネックとなる工程により支配されるというだけのことである。この本に出ている例であげれば、隊列のスピードは一番歩きが遅い人間によって決定されるということである。これは小学生でも思いつきそうな話である。ただし、生産管理の改善をこのボトルネックの解消という行為にのみ集中するとなると、話は変わって決して当たり前ではない結論が次々と出てくる。在庫管理、品質検査、作業時間などをすべてこのボトルネックを基準にして最適化することで、生産管理が大きく向上するということがTOCの要点である。TOCが導入される以前ではボトルネックのことを考えずに個別に最適化を行うのが常識であった。

 この本の終末で著者はTOCを生産管理にとどまらない改善のための思考プロセスとして用いることを提案している。もしかしたら著者の思いもつかないところで、この考えが適用できる分野もあるかもしれない。
 もうひとつこの本の特筆すべき事項として、小説という形態の有用性が感じられたことがある。難解な理念も具体例を想像して掘り下げて書くことで他人に伝わりやすくなる実例を、この本を読んで私は初めて感じた。

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【書評】デスマーチ―ソフトウエア開発プロジェクトはなぜ混乱するのか 第2版

 近年においてデスマーチと呼ばれる用語は主に、関わる人間に過酷な労働を強いながらも失敗する可能性が極めて高いソフトウェアの開発プロジェクトに対して用いられる。しかし、本書はソフトウェア業界に従事する人間以外にも教訓になるべき要素が多々含まれていると思われる。

 私がそう思う理由は二つあって、一つは本書で述べられているデスマーチの発生する要因がソフトウェアのプロジェクトに限ったものでなくどのような業種でもありうるということと、もう一つは近年ビジネスにおいて、研究開発において、製造現場において、さまざまな場所でシミュレーターなどのなんらかのソフトウェアツールを導入する必然性がますます高まっていることである。

 デスマーチの定義は「プロジェクトのパラメータが正常値を50%以上超過したもの」とある。またデスマーチの発生要因としては社内政治、経営陣や営業の見通しの甘さ、国際化や新技術による競争の激化などとあるが、これははっきりいってソフトウェア業界に限ったことではない。ビジネスの世界では共通して起こっている事柄であるはずである。そして私自身ソフトウェア業界に身をおいているわけではないが、完全に失敗が目に見えている無謀なプロジェクトというのを目の当たりにしたことがある。デスマーチとは呼ばなくても失敗が見えているプロジェクトに関わる人間の心境というのはとにかくつらいものであろう。例えばキャノンや東芝が開発している薄型TVの方式のSEDに従事している人たちの心境などは推して知るべしといったところだ(失敗とまだ決まったわけではないが)。

 本書にはデスマーチに巻き込まれたらどのようにすべきか、デスマーチが引き起こしうる被害をいかに最小限にとどめるべきか、またいかにチームを管理すべきかなども言及されている。ここに列挙すると長くなってしまうので詳しく内容は書かないが、あえて一つだけとりあげるとするならば、デスマーチが成功プロジェクトに変わる可能性は非常に少ないが、一番現実的で理想的な成功のシナリオはスーパーマンのような人が一人か二人現れて状況を激変させることであろう、というようなことが本書で示唆されていることである。まあ結局は金でもなく設備でもなく、人材なのだということなのだろうが、それは全くもってそのとおりなのであろう。

 ビジネスの国際化が進み、プロジェクトにスピードと規模が求められるなかで、デスマーチという用語があらゆる業界の中で使われるようになる日もそう遠くないかもしれない。


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【書評】自分の体で実験したい―命がけの科学者列伝

 実用化は一人では無理だが、実験というのは一人で行ったほうが良い結果が出る場合がしばしばある。なので自分の体を使って実験をする行為は場合によっては効率の良い実験方法となる。また何かを証明するためには見事な実験が不可欠になるが、その見事な方法が自分の体を使わなければならないこともしばしばあったはずである。この本はそのような実例をいくつか紹介している。

 もう少し濃い内容を期待していたのではあるが、意外と物足りない内容だった。載せられている事例以上にももっとたくさん面白い事例もあったのではないかという気もする。詳細な記録がそれほど残っていないせいなのかもしれないが、例えば食用のキノコを調べるだけでも歴史上どのくらいの人間が犠牲になってきたのか想像もつかないし、化学薬品の性質を調べるだけでも爆発や吸引による事故は絶え間なかったはずである。本書自体は二時間程度で読み終わってしまうような内容だが、徹底的に取り上げればこの五倍くらい生々しい話がとりあげられるような気もする。

 ともかく、いくつかのエピソードの中で私が一番感銘を受けたのをあげるとすれば、黄熱病の実験ではないかと思う。1900年当時原因がほとんど不明であった黄熱病に対して、いくつかの候補の中から感染経路を突き止めるための実験が行われたという話である。再現性のない実験というのは本当につらいもので、当時の人々の苦労も私の想像を超えたものではないかと思われるが、それでも自分の体を犠牲にしてまで感染源をつきとめたことは賞賛すべきだと思う。最終的には二つの小屋を設けて蚊に刺されたグループとそうでないグループにわけて隔離実験を行うわけだが、これが懐疑主義者の多い科学者達に感染経路は蚊であると納得させる実験となった。これだけ書くといかにも簡単そうに見えてしまうが、実際には何度も失敗を繰り返した末の相当綿密に練られた実験であったと思われる。
 他にも面白いエピソードは載っているし、すぐに読み終わるのでちょっと暇なときに読んでみるのがいい本だと思う。

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【書評】暗号解読

 科学史としてここまで面白い本はなかなか存在しない。ハードカバー版でだいたい500ページだが夢中になってあっという間に読めてしまった。この面白さはどこから来るのかと考えてみたが、これは絶対解決不可能と思われる問題がいかにして解かれるかを示すという構図が、ミステリー小説のそれと似ているところから来ているのではないかと思う。しかもこれは空想の出来事ではなく、長い歴史の中で実際に起きてきたことなのだ。そしてその謎の難解さはミステリー小説のそれとはもはや比べ物にならない。数学好きでミステリー好きの人にはぜひお勧めしたい本である。

 さて、その面白さと同時に情報のやりとりの難しさや恐ろしさもよくわかる本である。破られない暗号を作るなんて簡単じゃないかと私もこの本を読むまでは思っていたのだが、暗号の安全性と利便性はトレードオフの関係がある。大量の情報をいかに安全に交信するかに、暗号技術の肝があるのだ。
 暗号の恐ろしさは暗号が破られていても、破られた側がそうとは気づかないところにある。それが強固な暗号であればなおさらだ。白いカラスのパラドックスにもあるように、存在しないかどうかを証明するのはほぼ不可能という数学的原則がある。つまり、私たちが行っている通信に対して傍受されていないという確信を得ることはどうやってもほぼ不可能なのだ(量子暗号が実用化されるまでは)。妄想するときりがないのだが、90年代に日本が経済でコテンパンにアメリカにやられたのも、もしかしたら日本の通信が傍受されていたかもしれないし、傍受した情報をヘッジファンドが利用して世界各国でマネーゲームを展開しているのかもしれない。まあ、一市民はそんなこと心配しなくても世の中何事もなく廻るわけなのだが。

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